企業の水リスク(26)原材料生産現場の効率よい水使用をサポートする

ジュースをつくる水の9割は農場でつかう

多くの産業では、自社工場の水使用量よりもサプライチェーン上流での水使用量のほうが多いでしょう。さらにいえば、原材料をつくるときにつかわれる水の量が多いでしょう。

たとえばジュースを生産するときに、工場でつかっている水は、全体の水使用量のわずか数パーセントです。いちばんたくさんの水をつかっているのは最上流の農場です。ジュースをつくるプロセスでつかっている水の9割以上を農場でつかいます。

この飲料水メーカーの水リスクは農場にあります。世界の砂漠化の原因は、気候変動に起因するものが13%、人間活動によるものは87%といわれています。人間活動による原因の大部分は、その土地の風土条件を無視した農業です。ですから、大切に水をつかう農業、汚染された水を出さない農業が大切になります。

水を大切につかう農業

農業に必要な水を、水路などをつかって耕地を潤すことを灌漑といいます。灌漑は食べものをつくるには欠かせません。灌漑によって食料の生産量は飛躍的に増えました。

世界の古代文明は灌漑のおかげで成立しました。最古の文明「メソポタミア文明」はチグリス、ユーフラテス川の水を灌漑用水に利用し、農耕を営み、運河として物資を輸送し、都市国家をつくりました。「インダス文明」もインダス川とその支流の水を灌漑用水として田畑をつくることによって栄えました。「エジプト文明」も「黄河文明」も灌漑によってつくられた肥沃な農耕地帯の賜物です。四大文明地域はそれぞれ、地域の気候や地形といった条件に応じて、独自の灌漑方法と作物栽培技術を発展させ、都市国家や王朝を成立させました。人間社会の発展には灌漑がとても大きな役割を果たしたといえます。

けれど、現在の世界各地を見てみると、すべての場所で灌漑がうまくいっているわけではありません。多くの発展途上国では、利用できる淡水の40%を灌漑のためにつかっていますが、このうちの半分以上が用水路を流れるうちに漏れてしまったり、給水中に失われたりして、肝心の農作物に届きません。

ではどうしたら効率的に水をつかうことができるでしょうか。

これまで発展途上国で多く採用されている「水盤法」という灌漑方式は、浸透損失が大きく、地下水位上昇、土壌の塩類化による農地の不毛化を招きやすい傾向にあります。

そこで、帯状の畑地に溝を切って水を流下させる「畦間法(ファロー法)」など近代的な地表灌漑や点滴灌漑が採用されるようになっています。

たとえば、イスラエルの農地で開発された点滴灌漑は、表面に小さな穴の空いたチューブを地中に埋め込み、最小限の水と肥料を根に注ぎます。ITを駆使して少量の水を効率よく使用しています。これで水の使用量を30~ 70%減らすことができます。

イスラエルは、国土の60%が乾燥地に覆われ、年間降雨量は北部で平均700㎜、南部では50㎜以下にもかかわらず、農業生産は過去30年で約5倍に成長(現在の食料自給率は93%)し、このあいだの水使用量はほとんど増えていません。こうした技術がどんどん考えられれば、農業用水は効率よくつかわれるようになります。

農家を支援する企業

農場での効率的な水利用を企業が支援するケースがあります。

飲料メーカーのコカ・コーラ、ペプシコ、ビールメーカーのミラー、ユニリーバ、ネスレなどは、積極的に農業現場と活動をはじめています。

ユニリーバは、自社の主要製品(約1600製品)のウォーターフットプリントを「原料に使用される水の量」、「製品中の水分量」、「水不足の国々(7カ国)におけるユーザーによる水使用量」にわけて調査しました。

すると製造段階での水使用よりも、販売後の顧客による水使用、原材料を調達する段階での農業での水使用が多いことがわかりました。

そこで、水リスクの高い農場で、水を効率よく利用する改善をいっしょに行っています。農産物の栽培に必要な水使用量を減らしつつ、収穫量を増やすため、主要な農場に点滴灌漑システムの導入を推進しています。

 

 

 

 

 

 

綿花栽培での水使用量を少なく

リーバイ・ストラウス社がサプライチェーンでの水使用を調査したところ、綿花生産にもっとも多くの水を使用していました。綿花の多くは、中国、インド、パキスタンやアラル海周辺でつくられています。綿花栽培には、大量の水が必要です。Tシャツ1枚をつくるには、250gの綿花をつかい、それをつくるのに2900ℓの水が必要です。

この対策として、2009年から「ベター・コットン・イニシアティブ」に参加しました。ベター・コットン農法は、より持続可能な綿花栽培を目指しています。水使用や農薬使用をなるべく減らし、さらに健全な労働環境と収益性の向上を目指しています。パキスタンでの実証実験では、水と農薬の使用量が約32%減り、収益性は69%向上しました。

ベター・コットンを使用することにより、綿花栽培にかかる水の量を減らすことができます。リーバイ・ストラウス社は、2011年、ベター・コットンを配合したジーンズを2万本販売しました。2015年には全綿花使用量の20%をベター・コットンにするという目標をもっています。

 

水量の改善だけでなく水質の改善も

飲料水メーカーのヴィッテルはフランス北東部の地下水を源水としています。1980年代に、原料水に硝酸塩が混入する事態が生じました。水源周辺の農業が活発になり、浄水の役割を果たしていた森林が伐採されたことが原因でした。ヴィッテルはブランドイメージが崩壊する危機に見舞われました。一方で、フランスのミネラルウォーターは源水に手を加えないことで「ナチュラルミネラルウォーター」という名前で販売できるので、工場で浄水して硝酸塩を取り除けばよいという話でもありません。

そこで、農家に対し技術協力し、硝酸塩の排出量をおさえた農業ができるようにしました。

 

参考資料:「いちばんわかる企業の水リスク」(橋本淳司/誠文堂新光社)
アクアスフィア・水教育研究所