企業の水リスク(37)食と水との関係

食料生産に必要な水(FとW)

パン1斤をつくるまでに630ℓの水が必要で、茶わん1杯のご飯(75g)には277ℓの水が必要です。なぜなら小麦や米を育てるには大量の水が必要だからです。肉にはもっと水が必要です。なぜなら、家畜である鶏、豚、牛は水を飲み、さらに水をつかって育てた植物をえさにしているからです。その結果、鶏肉100gには450ℓ、豚肉100gには590ℓ、牛肉100gには2060ℓの水が必要となります

日本の食は外国の水に頼っているのですが、輸入先である、中国、オーストラリア、アメリカは水不足である状況を考えると、これらの国から、いままでと同じように食料を輸入することはむずかしくなるでしょう。

天ぷらうどんで食料輸入を考える

突然ですが、天ぷらうどんの材料のうち、国内で100%まかなえるものがどのくらいあるでしょうか。

まず、うどんの麺はどうでしょう。原料の小麦は輸入されているものも多く、100%国内産というわけではありません。

エビの天ぷらはどうでしょう。日本人はエビも大好きで、年間消費量は、世界の漁獲高の4分の1を占めるといわれます。日本は、ベトナム、フィリピン、タイ、インドネシア、マレーシアなどからエビを買っています。

こうした国では海岸のマングローブ林を伐採し、小さな池をつくりエビの養殖を行います。たくさんの稚エビを小さな池に放流すると病気が広がるので、それを防ぐためにクスリを散布します。えさの食べ残しやエビの糞でも水が汚れます。その結果、小さな池は5年ほどで荒れ地になり、エビの養殖を続けるために、別のマングローブ林が伐採されます。

考えようによっては、日本人がエビを食べるたびに、「生命のゆりかご」といわれるマングローブ林が消えているということになります。

そして、つゆにつかわれる醤油の原料である大豆もほとんどが輸入です。

天ぷらうどんの材料のうち、日本国内で100%まかなえるものは水しかありません。

食料輸出国から日本へ流れる水

これまでは農業技術の進歩によって食料生産を増やしてきました。でも、これからも人口の増加に合わせて食料生産を増やせるかというとむずかしいと思います。

理由の1つが水不足です。水がないから食料がつくれないのです。

多くの国で生活を成り立たせるために農作物を輸出しています。しかし農業が拡大すると、裕福な土地所有者は耕作をすすめて大規模農業を行うようになり、農民たちはやせた土地へと追いやられ、森林を伐採して耕作地を増やそうとしたり、斜面を開墾したりします。これが土壌流出を招き、干ばつや洪水の原因にもなります。

農業用水を地下からくみ上げ過ぎたために、地下水が涸れてしまうということもあります。

メキシコのなぞなぞに「土のなかに家があり、地中に王国がある。天にも登るが、再び帰ってくるものなあに」というものがあります。答えは「水」ですが、「地中の王国」とは地下帯水層のことをさします。この巨大な貯蔵庫に蓄えられる水は、地球表面にある水の100倍といわれています。雨水が地中にゆっくりと染みこんで蓄えられます。でも、たまるのを上回る早さでくみ上げたら、「地中の王国」もいずれ空っぽになってしまうでしょう。

地下水が減った原因は田んぼが減ったこと

食料をつくれば水は減るというのが常識ですが、食料をつくりながら水を増やすという熊本での取り組みを紹介します。

熊本では地下水が減りはじめていました。2010年、熊本県は所管33か所の地下水位観測井戸で水位を測定し、1989年の水位と比較しました。その結果、八代地域、玉名・有明地域、天草地域で地下水位は上昇しましたが、熊本周辺地域、阿蘇外輪山西麓の台地部では14の井戸のうち12の井戸で水位が低下しました。水位の低下はそれぞれ約5mでした。

熊本県では生活用水の約8割が地下水です。とくに熊本地域(熊本市、菊池市の旧泗水町と旧旭志村、宇土市、合志市、大津町、菊陽町、西原村、御舟町、嘉島町、益城町、甲佐町の11市町村からなる地域)は地下水依存度が高い。熊本市の水道は100%地下水です。

原因は田んぼが減ったことと推察されています。熊本地域の地下水涵養(かんよう)量は年間6億4000万tで、そのうち3分の1を水田が担います。とくに白川中流域の水田は、他の地域に比べて5 ~ 10倍の水を地下に浸透させます。熊本地域の田んぼの面積は1990年の1万5000haから2011年に1万haになりました。

田んぼに張った水は少しずつ地中に浸透します。その量は地質などによって変わりますが、全国平均では1日約2㎝とされ、1ha当たり2万tの水が浸透する計算になります。稲作期間を100日と考えると、200万tの水が地下へ浸透する計算になります。田んぼは地下水を育む場所といえます。

熊本県では地下水位回復を狙い、涵養(かんよう)事業がはじまりました。協力農家に、稲刈り後の田んぼに水を引いてもらいます。その費用を熊本の水をつかってる企業が負担するというしくみです。熊本地域で事業を営む企業にとって、きれいで豊富な熊本の水は、大切な資本です。いままではつかっているだけでしたが、守りながらつかうことになりました。

転作田をつかった涵養(かんよう)方法

転作田でも地下水涵養(かんよう)できます。転作田はもともと田んぼなので畦が残っています。たとえば春ニンジンの収穫と冬ニンジンの作付けのあいだに水を張ります。この方法は転作田湛水(たんすい)と呼ばれます。

たとえば、小麦をつくっている転作田に、刈取り後の2か月間(5、6月頃)、水を張ることもできます。水稲耕作の中干し期間に当たるので、田んぼに入れる水を一時的に小麦畑にまわすことができ、新たな水利権をとる必要はありません。

大規模な地下水涵養(かんよう)を行うには、冬期湛水(たんすい)冬みずたんぼが効です。この場合、収穫後の田んぼに水を入れ、春まで張り続けます。

冬期湛水(たんすい)のメリットはいくつか報告されています。まず、冬の田んぼに水を張ると菌類やイトミミズ、水鳥など多くの生物のすみかとなります。水鳥の糞はリンを多く含み、肥沃な土壌をつくります。稲の切り株やワラなどの有機物は菌類によって分解され、肥料となります。イトミミズは田んぼの有機物を分解しながら自らのエネルギーとして活動し、泥の表面に糞を出します。菌類と糞が適度に混ざり合った泥の粒子は肥沃な層を形成します。また、蛙の産卵も活発になり、害虫駆除が期待できます。このため肥料、農薬量を抑えた米づくりができます。

企業が行う涵養(かんよう)事業

熊本では、ソニーセミコンダクタ、富士フィルムなどメーカーや、コカ・コーラなど飲料メーカーが、農家と協力し、田んぼの水張りを支援しています。単独ではこうした事業の行えない中小企業は「くまもと地下水財団」に協力金を支払い、財団が事業を行います。製品をつくるためにくみ上げた地下水を、地域の活動に協力しながら、再び地下に戻そうというのです。

比較的降水量の多い日本では、食料生産を行いながら地下水を増やすことができます。とりわけ生物多様性も実現する水田の活用は注目すべきです。また、この動きを全国で活発にするためには、水利権のあり方を見直すなど、新たなルールづくりも必要になります。

水を育むエコメ牛

家畜を育てるには飼料が必要です。日本は年間に消費する1600万tのトウモロコシのほぼ全量を輸入しています。

熊本県では、家畜のえさにする飼料米の生産も行います。こうすることで海外からのトウモロコシや小麦の輸入量を減らすことができ、さらに地下水涵養(かんよう)も進むというメリットがあります。

飼料米を食べた牛は「エコメ牛」と呼ばれ、東京都内のレストランでステーキになっています。「フランスのブランド牛シャトレー種に負けない、サーロイン自体のうまさが際立つ味わい。油部分がまろやかで甘みのある香りが素晴らしい」と評されてます。

一般的に牛肉はつくる過程で大量の水をつかいますが、水田で飼料米をつくり、それをえさにするという工程のなかでは、水を増やしているという見方ができます。熊本の人は、エコメ牛を食べることで、地元の地下水涵養(かんよう)に協力できるのです。さらに今後はエコメ牛のし尿をバイオマスエネルギーとして活用する動きもあります。地下水を汚す可能性のあるし尿が地域のエネルギーになるのです。

市民、行政、企業が協働して、地域の水と食を育む熊本の取り組みは、多くの自治体の参考になるでしょう。

 

参考資料:「いちばんわかる企業の水リスク」(橋本淳司/誠文堂新光社)
アクアスフィア・水教育研究所