企業の水リスク(32)水の管理方法にはどのようなものがあるか

供給量を第一に考えたマネジメント

水管理の手法について考えてみると、これまでは目標供給量を達成するマネジメントでした。

現状の水使用量、将来の人口予測、経済予測などから需要を計算し、その供給量をいかに確保するかと考えた結果生まれたものです。

たとえば1人1日当たり水使用量250ℓ、人口1000人の集落があったとすると集落には250㎦/日の水が必要です。5年後に人口が2倍の2000人になるという予測があれば、5年後までに500㎦/日確保できるようにしました。

つまり供給量に着目した水管理であり、その手段として、灌漑用水、水道、ダム、浄水場などがつくられ、高性能ポンプのもとパイプラインが延長されました。

これによって多くの人が安全な水を得られるようになり、食糧生産は増え、街は大きくなりました。その一方で水使用量、汚水排出量も増えました。

水資源の不足・枯渇が心配されるようになると水使用量をコントロールしようという考えが生まれました。

それが需要管理(節水)です。たとえば1人1日当たり水使用量250ℓ、人口1000人の集落があったとしましょう。5年後に人口が2倍の2000人になると予測されていますが、実際には500㎦/日を確保するのは無理だとします。そこで1人1日当たり水使用量200ℓに減らそうという考え方です。

しかし、水不足の対応策の決定打にはなりません。生態系から失われていく水を維持、回復するのはむずかしいでしょう。

生態系の保全を第一に考えた水管理

新たな管理手法として「ウォーター・ソフトパス」があります。米国のピーター・グレイク、カナダのハリー・スウェインら複数の研究者が、エイモリー・ロビンスの「エネルギー・ソフトパス」のコンセプトを淡水に応用し考案したものです。ひと言でいえば、将来の生態系に必要な水をまず保障し、そのうえで人間の水使用量を逆算して考えます。生態系との共生を図る持続可能な水マネジメントなので、「生態共生管理」ともいわれます。

生態共生管理はどう実施するかというと、仮に30年後、ある地域の淡水資源が100、生態系保全のために必要な水が60としましょう。すると人間の使用可能水量は40なので、その水でやっていける社会をつくることを考えます。

水使用量を減らすという点では、需要管理と同じですが、需要管理が人間主体で考えられるのに対し、生態共生管理は、まず生態系を考えます。生態系を淡水の正当な利用者として認識します。健全な生態系は、水を保持し、浄化する機能をもちます。だから将来の生態系保全を最優先に考えて地域の水資源を充当し、余剰分で人間の水使用を考えるのです。

生態共生管理と需要管理の手法と比較して考えてみましょう。需要管理の手法は“How”によって生まれます。水をつかう行為があったとき、「どうやって」より少ない水で同じ行為が可能かと問いかけます。一方、生態共生管理の手法は“Why”によって生まれます。水をつかう行為があったとき、「なぜ」それを行うのに水が必要かと問いかけます。

たとえば一般的なトイレを1回流すと約10ℓの水を使用します。節水の場合は「どうやって」少ない水で排泄物を流すかと問いかけます。その結果、より少ない水で排泄物を流す節水型トイレなどが開発されてきました。

一方、生態共生管理では「なぜ」排泄物を処理するのに水をつかうのかと問いかけます。その結果、水をまったく使用しない無水トイレ、し尿を活用し肥料やエネルギーをつくるバイオトイレなどが開発されました。将来的には別の手法が誕生する可能性もあります。

シャワーを10分浴びると、約100ℓの水を使用します。需要管理では「どうやって」少ない水で体を衛生的に保てるかと考えます。たとえばシャワーをこまめに止め、浴びる時間を短くします。あるいは節水型シャワーヘッドをつかいます。水圧を上げることで、一定時間内に出る水量が半分以下に減っても体感は変わりません。

一方、生態共生管理では「なぜ」体を衛生的に保つのに水をつかうのか、水をつかわずに衛生を保つ方法はないかと考えます。

たとえば、ケープタウン大学の学生、ルドウィク・マリシェーンが発明したドライバスはジェル状で無臭、肌に塗れば水と石けんの役割を果たします。ドライバスは学生らの起業を奨励する目的で設置されたグローバル・スチューデント・アントレプレナー・アワードで2011年の最優秀賞に輝きました。衛生状態が悪く、数億人が水を常時利用できない状況にあるアフリカやその他の発展途上国では、ドライバスが活用される機会が広がっています。

現在「水ビジネス」と呼ばれている技術・商品・サービスは供給管理、節水を実現させる手法ですが、今後は生態共生管理を実現させる技術・商品・サービスが重要になるでしょう。その一例が、これまで水をつかって行っていた行為を別の手法で行う水代替技術・商品・サービスです。この市場は大きい。家庭、大規模ビル、工場、農場、街全体、流域全体といった広い範囲に適用できます。新しい公衆衛生、新しい生産活動、生態保全を目的とした都市づくりなどがあります。

 

 

参考資料:「いちばんわかる企業の水リスク」(橋本淳司/誠文堂新光社)
アクアスフィア・水教育研究所