企業の水リスク(38)森と水の関係に注目した活動

保全と保護の違いを知ってますか

森を守る活動をしている企業は多いのですが、それが水を守ることにつながっていることに気づいていますか。

水を守るためには、流域の水循環の母ともいえる水源林の保全が重要です。

かつての日本人は、里山は循環的に利用し、奥山には手をつけませんでした。里山は保全し、奥山は保護したわけです。

里山では、自然の森の木を切り、植林などにより樹種転換を行い、荒れないよう手を入れ続けました。

一方奥山は大型野生鳥獣たちの聖域として残したことで、原生的な巨木の森が保護されました。この原生的な森からは水が湧き出し、生物の命と産業を支えてきたのです。

そもそも森と林は違います。森の語源は諸説ありますが、1つには「自然に木が盛り上がるところ」とされています。大小に関係なく、人間の力が加わっていない、自然の力でこんもりと茂った木々を指して森といいます。一方、林の語源はひげはやすなどというときの「はやす」で、人の手が加わっている木々を林といいます。

人の手の加わっていない木々が森。人の手が加わった木の畑が林です。森は保護し、林は保全します。自然保護とは人間が立ち入らない、さわらないこと。自然保全は人間が立ち入って、適切につかいながら、守ることです。

木を切ることで保水力が上がる?

日本の山には放置された人工林があり、一刻も早い保全が必要です。放置人工林は、保水力、浄化能力が低くなります。晴れた日なのに、森のなかは夕暮れ時のように薄暗い。スギ、ヒノキの直径はどれも15 ~ 20㎝程度。切り株を見ると年輪は外側ほど窮屈になっていて、あまり成長していません。スギ、ヒノキは、わずかな光を求めて上へ、上へと伸びていきます。下草のないむきだしの地面、そこにやせ細ったスギ、ヒノキがぎっしりと立ち並んでいます。

1950年代、それまであった広葉樹の森を伐採したり、畑を潰したりし、資材として利用しやすいスギやヒノキがさかんに植えられました。

最初、1ha(100m×100m)の林地に3000 ~ 4000本もの苗木が植えられました。苗木はほぼ同じ早さで成長します。ですが狭い土地にすし詰め状態では、すぐに枝葉が重なりあって地面まで日光が届かなくなります。土の栄養もすべての木には行き渡りません。大きく育てるには、適当な間隔で木を伐採しなくてはなりません。これを間伐といいます。

つかわれなくなった人工林

薪をエネルギーとし、木材需要があるうちは、間伐材はすべて高値で取引されましたが、家庭でも石油・石炭・電気を使用するようになり、また、1960年半ばに木材の輸入がはじまると、国産の木材は安い外国産の木材との価格競争で敗れました。さらに新建材(石膏ボードや合板をつかった工業製品)も出回るようになると国産の木材の需要は減り、次第に間伐も行われなくなりました。

日本人の生活には木が欠かせません。多くの人は木の家に住み、木製の調度品を使用しているでしょう。ですが日本の木材自給率は2割程度しかありません。

日本は世界各国が輸出する丸太の半分近くを買っています。そのため海外では日本向けに森が乱伐されるケースもあります。マレーシア、インドネシア、ロシアなどの、いくつかの場所では、伐採後に土が剥き出しになったままです。私たちは外国産の木をつかった家に住み、木材製品をつかうことで、知らないうちに海外での森林破壊に関与した可能性があります。

日本は国土の約7割が森林ですが、そのうちの約7割が間伐されずに放置された人工林です。人が植えた木は、人が適切に手入れをする必要があります。間伐がすすむと暗かった森に光が入り、多様な植物が育ちます。

こうした植物はどこからやってきたのでしょう。1つはもともとその土地にあった植物です。何年も前から地中にあった種が、間伐で光が入ったことで芽を出します。もう1つは鳥や動物や虫が運んできたものです。同時に、土壌が水をためる力も戻っていきます。

なぜ元気な森は水を育むのか

森や林というと木ばかり注目されますが、じつは光、土、水、動植物がバランスよくあって1つの「世界」をつくっています。森の土1gには1億の微生物が棲んでいるといわれます。森では晩秋になると木々が落葉します。下草も枯れます。地面に積もった落ち葉、枯れ枝、枯れ草は、小動物や微生物のえさになって分解され、腐葉土や堆肥となって土に帰っていきます。

森の土は多種多様な生物たちの神秘の世界です。掘ってみると、トビムシやヤスデ、ジムカデ、アリヅカムシ、コムカデ、ヨコエビ、ダニ、クモ、ダンゴムシ、ミミズなど小さな虫や動物が現れます。そのほかにも目には見えない変形菌などの原生生物、カビ、放線菌、バクテリアなどさまざまな生物が息づいています。

こうした生物が森の土をつくりあげています。たとえば、ミミズは、動植物の遺骸が分解しかかった腐植と土壌とを体のなかでかきまぜ、排出してバクテリアが繁殖しやすい腐植や環境をつくり出します。バクテリアは腐植を分解し、植物の成長に必要な栄養素をつくり出します。さらにカビの仲間である菌根菌が植物の根とともに、植物の成長に必要な栄養素を、植物が水といっしょに根から吸い上げやすいようにしています。

多種多様な生物による驚異の連携プレーにより森の土が育まれ、その土が水を育んでいます。

森の土をルーペや顕微鏡で見ると、土の一粒一粒がくっついているところと、隙間の空いたところがあります。粒と粒がくっついているところに水は溜まります。隙間の空いたところは水が入ってきても流れてしまい、代わりに空気が入ります。こうして保水性と水はけという、一見相反することを見事に両立するのです。

一方、放置された人工林の土は、一粒一粒がギュウギュウにくっついて隙間がほとんどありません。もともと隙間がないうえに、雨が降ったときに土に染みこんだ水が、土の粒と粒を引き寄せて隙間をつぶしてしまいます。

その後も雨が降るたびに土の粒と粒の間隔がどんどん狭くなり、固い土になります。こうした土は保水力も弱く、水はけも悪い。つまり、雨が降っても土のなかに水をためることができません。

森の土には雨をため、ゆっくり時間をかけて流出させるはたらきがあります。多様な植物が生えた森では、木の根は網の目のように土のなかに広がり、土や石をしっかり捕まえ、土砂崩れを防いでいます。雨が森に降ったときに流れ出す土砂が2tだとしたら、田畑に降った場合は15t、草木のない荒れ地に降った場合は307tもの土砂が流出するというデータがあります。ところが荒廃した森の土は、雨を受け止めることができません。それどころか雨とともに流れ出してしまいます。

企業の保全活動

飲料メーカーのサントリーは、2003年から、森林整備による水源涵養(かんよう)活動を開始しました。2009年は、工場でつかう量を上回る水を涵養(かんよう)する目標を掲げました、そのために7000haの森林を整備する必要があると試算しています。全国15か所で活動を展開し、2012年に目標に到達しました。

涵養(かんよう)する土俵が準備でき、現在は涵養(かんよう)機能を向上させる整備をしていく段階に入りました。研究者の協力を得ながら、それぞれの森の植生や地形、生態系などに応じた施策を立案し、実行しています。確立した方法は広く公開する方針です。

 

参考資料:「いちばんわかる企業の水リスク」(橋本淳司/誠文堂新光社)
アクアスフィア・水教育研究所