企業の水リスク(34)雨水活用で水リスクを減らす

雨水は蒸留水に近い

近代の町づくりにおいては、雨は洪水をもたらす「やっかいもの」と考えられてきました。「下水道法」という法律では、雨水は下水という扱いになっています。降った雨は、下水道を通じてすみやかに街の外へ追い出すべきものと考えられてきました。

簡単にいえば、私たちは、水をコンクリートで制圧しようとしてきたのです。連続堤防で川をまっすぐにし、洪水をできるだけ早く海に押し出そうとしてきました。

ですが、都会に降った雨を資源と見ることはできないでしょうか。雨水はけっして汚水ではありません。

降りはじめこそ、大気中の粉塵などといっしょに降下するので汚れていますが、降り出してから30分以上たった雨の水質はむしろ蒸留水に近いのです。

そもそも水には、いろいろな物質を溶かすという性質があります。

食塩水とは食塩が溶けている水ですし、炭酸水とは二酸化炭素が溶けた水です。コンビニやスーパーで売られているミネラルウォーターとは、マグネシウム、カルシウム、カリウムなどのミネラル分が溶けこんでいる水のことです。降った雨が地下水になったり、川の水になったりと長い旅を続けるうちに、溶け込む物質の種類も量も増えていきます。その点、降ったばかりの雨は、物質を溶かす機会がないので、蒸留水に近いのです。

水質汚染の指標の1つに「電気伝導度」というものがあります。イオンや有機物といった水以外の不純物がまったく入っていない水は、電気を通しません。反対にイオンや有機物が含まれていたら電気は流れます。どの程度電気が流れたかを調べると、どれくらい水にほかの物質が含まれているかがおおまかにわかります。雨水の電気伝導度を水道水のそれと比べると、数分の一程度です。

こんな実験をしてはいかがでしょうか。雨水と水道水と硬度の高いミネラルウォーターを用意し、同量をコップに注ぎます。そこに、石けん水を少量たらし撹拌します。さて、どのコップがいちばん泡立つか。

いちばん泡立ちにくいのが硬度の高いミネラルウォーターです。温泉に行って髪を洗おうとすると、なかなか泡立たないことがあるでしょう。そういうときはシャンプーを多めにつかってしまうので、すすぎにも水をたくさんつかいます。これと同じことが起きます。

そしていちばん泡立つのが雨水です。したがって洗濯にいちばん向いているのは雨水ということになります。少量の石けんで泡立つということは、すすぎにつかう水も少なくてすみます。

雨水は生活用水に利用できる

これまで都市の水行政は、水が足りなくなったら上流にダムをつくればいいという考えでした。

ですがダム開発は自然にダメージを与えますし、そこに暮らす人の生活を変え、文化も奪ってしまいます。さらに膨大なエネルギー、維持管理の費用がかかります。

しかし、空を見上げてください。水源は頭上にあるのです。東京都民の水道使用量は年間約20億tですが、東京に降る雨は年間25億tあります。現在の東京の水道の原水は、ほとんどを利根川、荒川、多摩川などの川に依存しているのですが、雨水のほうがはるかにきれいです。

実際、雨水活用先進地の東京都墨田区に行くと、個人住宅のなかに、雨水をためるタンクを見かけます。屋根や駐車場に降った雨水をといから導き、タンクにためます。市販の雨水利用タンクを備え付けている人もいれば、ホームセンターなどで売っている大きめのかめやプラスチック製のごみ容器を利用している人もいます。

たまった水は、トイレの流し水や洗濯、植物の水やりなどに利用します。

なかには自宅の駐車場の地下に、巨大な貯水槽をつくっている人もいます。1t以上の水が貯蔵でき、生活用水のほとんどをまかなっています。

水のない国では雨水が命綱

そもそも上下水道インフラの未整備な国では、雨水は命綱です。飲料や生活用水を雨水だけに頼る国も多いのです。

たとえば、オーストラリア・クイーンズランド州では、住宅地に雨水をためる貯留タンクを設置し、ろ過したのちに飲料水として供給しています。

ハワイのワイキキ市郊外に位置するタンタラスの丘の高級住宅地域では、100軒以上の個人住宅で雨水利用が行われています。ある家には約30tの木製タンクがあり、20年間、雨水を飲用に使用していました。

雨水活用先進国のドイツでは、雨水を集め・貯め・活用するという一連の流れが「しくみ」として構築されています。都市の再開発が行われる際には、あたり前のように雨水活用施設が導入されます。

たとえば、ビルの屋根や路面から雨水を集めて地下の貯留槽に送り、トイレで利用する。あるいは屋上に降った雨水をトイレの流し水につかい、余ったらビオトープに流す。こうしたしくみがあたり前になっています。

ブルーウォーター、グリーンウォーター、グレーウォーター

ウォーターフットプリントの考え方では、水は3種類にわけられます。

1つ目は、ブルーウォーターで表流水や地下水です。

2つ目は、グレーウォーターです。工場やオフィスでつかった水は排水されます。汚れてしまった水は、新たに水で薄められてから自然のなかに戻っていきます。汚れた水を薄めるには、その何倍もの水が必要になります。この水をグレーウォーターといいます。

3つ目は、グリーンウォーターといいます。作物にとりこまれた雨水です。雨を植物が吸収して成長につかいます。

パタゴニア社では、製品生産時につかった水をブルーウォーター(河川水・地下水)、グリーンウォーター(雨水)、グレーウォーター(再生水)に分け、CSRレポートやHPで公表しています。

パタゴニアの製品に使用されている綿花は乾燥農業(灌漑による給水を行なわず、直接的な降雨のみで営む農法)により栽培されています。

回復しにくいブルーウォーターの使用量を減らし、雨水を積極的に利用することで、企業として地球の持続可能性に配慮しているのです。

雨水利用推進法の成立

2014年、日本では雨水利用推進法が成立しました。

この法律のねらいは、雨水を貯留する施設を、家庭や事業所、公共施設に設置して、トイレの水や散水などに有効利用すること、同時に洪水を抑制することです。

国と独立行政法人の建築物には、雨水貯留施設の設置目標を定め、地方自治体の建築物には努力義務を設定します。

地方自治体が家庭などを対象に実施する助成制度へ、国が財政支援するほか、調査研究の推進や技術者の育成にも努める、というものです。

雨水を貯留する施設を、社内につくり、有効活用してはいかがでしょう。小さなダムを設置することにより、渇水と洪水を同時に対策することができます。

 

参考資料:「いちばんわかる企業の水リスク」(橋本淳司/誠文堂新光社)
アクアスフィア・水教育研究所