企業の水リスク(20)動き出したリーダー、経営者たち。 企業の水を守る活動がはじまる

戦争は回避しなくていけない

これまで見てきたように、「水の惑星」と呼ばれる地球ですが、私たちの生活や企業活動につかえる淡水が、無尽蔵にあるわけではありません。

そうしたなか人口は増え続け、つかっている水の量はも年々増え続けています。汚染も進み、つかえる水の量は減り続けています。このために水不足が深刻になっています。

今後も発展途上国を中心に人口は増え、産業が発展し、さらには地球温暖化の影響によって、水不足はより深刻になると考えられています。

こうなると企業活動がどうの、というレベルの話ではありません。世界秩序が不安定になり、水を奪い合う、紛争や戦争が起きる可能性もあります。

思えば、人間はこれまで何度となく悲しい戦争を繰り返してきました。戦争は奪い合いからはじまります。

かつては領土を奪い合い、20世紀には石油資源をめぐって争いました。ヒトラーが独ソ不可侵条約を破ってソ連に侵攻した理由は石油資源を獲得するためですし、『昭和天皇独白録』(寺崎英成、マリコ・テラサキ・ミラー著、文芸春秋)によると、昭和天皇は「さきの日米戦争は油ではじまり、油で終わった」という言葉を残しています。

今後の水不足を考えると、21世紀の紛争や戦争は「水ではじまり、水で終わる」ことになりかねません。

水をめぐる紛争は国際河川で起きやすい

世界には、国境をまたいで流れる「国際河川」が約260本あります。そ動して、国際河川の流れる国は140か国ほどあります。

国際河川では、上下流の国々のあいだで水をめぐる争いが起きやすいのです。話し合いで解決できず、争いが武力衝突にまで発展してしまうこともあります。これが「水紛争」です。

米オレゴン州立大の調査によると、1948年~ 1999年のあいだに37件の水紛争(実際に武力衝突が起きたもの)が発生しました。アラル海地域、インダス川、ヨルダン川、ナイル川、チグリス・ユーフラテス川流域は、「五大紛争地域」と呼ばれ、水をめぐる紛争が今後も発生するのではないかと心配されています。

日本は島国のため、川は上流から下流まで国内を流れています。日本には国際河川がありません。水を利用するときに、他国との関係を気にする必要がないため、多くの人は、水紛争など関係ないと思っています。

しかし現在、日本は外国から輸入された食料品によって生活しています。日本企業の生産活動は、海外でつくられた原材料や部品に依存しています。

これらがつくられるまでにつかわれた水を考えると、輸入先から日本へと流れる、目に見えない国際河川の水をつかっているのと同じといえます。

世界の要人たちからのメッセージ

水をめぐる紛争を回避するため、世界中の要人たちが警告を繰り返すようになりました。

「20世紀は領土紛争の時代だったが、21世紀は水紛争の時代になるだろう」と、セラゲルディン世界銀行副総裁(当時)が予見したのは1995年のことでした。

2002年、国連のアナン事務総長(当時)は、「各国の熾烈な水資源獲得競争により、水の問題が暴力的な紛争の火種を内包している」と訴えました。

2007年には、国連の潘基文事務総長(当時)が、別府で開催された「アジア・太平洋水サミット」の席上、「水をめぐる対立は、いつ戦争に発展するかわからない」と警告しています。

さらに2009年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)でも、水資源の需要がエネルギー生産分野を中心に高まっていることがアジェンダとなり、「水が今後、石油よりも貴重な資源」になる可能性を示し、「人類は今後20年以内に、水資源獲得の熾烈な競争を演じるだろう」と予測しています。

同会議が、2012年に発行した「グローバルリスクレポート2012」の「社会的リスク」では、「食糧と水不足の危機が、今後10年間で発生する可能性が非常に高い」と報告されています。

「水リスクはほぼ確実に起きる」「起きた場合のインパクトはもっとも大きい」と世界のビジネスリーダーが予測しています。

企業の積極的な活動がはじまっている

しかしながら、憂いているばかりでは、何も変わりません。現在、世界のビジネスリーダーが水リスクを意識し、問題解決に向かって動き出しました。

その1つとして、国連グローバル・コンパクトから派生したCEOレベルの企業間同盟「CEOウォーター・マンデート(CEO Water Mandate)」があります。これは企業が、将来の水不足が自社に与えるリスクの特定・管理(マネジメント)に関する活動支援を目的に設立され、参加企業数は毎年少しずつ増えています。

「CEOウォーター・マンデート」の設立は2007年ですが、最初の参加企業数は5社に止まっていました。その後、国連グローバル・コンパクトへの参加企業のうち、企業の水資源への依存度を示す「ウォーターフットプリント」が高い企業や、サプライチェーン内に水リスクをもつ企業を中心に、参加企業が増えてきました。現在では、世界で約100社が署名しています。

署名した企業は水と関係の深い企業が多く、たとえば、飲料水メーカーのコカ・コーラ、ハイネケン、食品メーカーのネスレ、化学メーカーのダウ・ケミカル、アパレルメーカーのH&M、リーバイ・ストラウス、ナイキなどです。

残念ながら、いまのところ日本企業は署名していません。これは日本で水リスクについて浸透していないことを示しています。しかしながら、前にも述べたとおり、日本企業の生産活動は海外の原材料や部品に支えられていて、そこで大量の水をつかっています。サプライチェーン全体を見ると、ほとんどの日本企業は水リスクを抱えています。

今後は、「CEOウォーター・マンデート」など水を保全する活動に積極的に参加していくことが重要です。

 

参考資料:「いちばんわかる企業の水リスク」(橋本淳司/誠文堂新光社)
アクアスフィア・水教育研究所