企業の水リスク(31)人間の水利用の歴史を ざっくりとふりかえる

川の近くの半乾燥地帯ではじまった

 人類の歴史をふりかえりながら、水利用の移り変わりについて考えてみたいと思います。

はじまりはずいぶん昔の話。

人類の営みは、川の近くの半乾燥地帯ではじまりました。そこで生活に必要な水を得ていました。そこを水場とする動物、棲息する魚介類を狩猟することもできました。豊富な水に支えられて植物が茂る環境は、食料調達だけでなく、寝床としても隠れ家としてもこのうえないものでした。

この時代は、人間のつかう水は自然の循環のなかにあり、それを必要に応じてつかっていました。

やがて農耕がはじまり、農業用水も肥沃な土地も川からもたらされ、上流から流され堆積した土砂によって肥沃な土地が形成されました。

 農耕が盛んになると水利用に1つ目の変革が起きます。それまでは水を得るために水辺まで移動していた人間が、反対に自分たちの方へ水を引き寄せたのです。

古代文明が発展した地には、灌漑用運河、貯水や分水を目的とした小さなダム、淡水を重力の力で運ぶ水路、清潔な水と汚水を分離するための汚水処理システムの痕跡が残っています。

水道の起源は、紀元前312年のローマ・アピア水道といわれます。ローマでは、その後300年の歳月を費やし440㎞の水路が建設され、帝国は大いに発展しました。

エネルギーをつかって水を運び、浄化する時代

 2つ目の変革は、物理法則に逆らうことでした。

古代から中世までの水道は、高いところで取水し、土地の傾斜を利用して配水していました。土地の高低差による位置エネルギーを利用した配水です。

ところが産業革命期に、蒸気機関が発明されるとポンプでの揚水や導水が可能になり、水道網は低地から高地へ、また水源から遠く離れたところまで伸びはじめました。

同時に汚れた水を浄化する技術も生まれます。

水を浄化し、給水する近代水道の起源は、19世紀の英国スコットランドのグラスゴーといわれます。産業革命の最中、グラスゴーの郊外ペーズリーで、繊維工場を営んでいたジョン・ギブ。ギブは繊維を大量の水で洗わなければならなかったのですが、近くの川の水は白濁し、使用することができませんでした。

そこで川の水を導水し、礫槽と砂槽を通し、浄水にしました。

こうして人類は浄水技術を手に入れたのです。

浄水方法は、より高度で複雑になりました。

生物浄化法(緩速ろ過)が急速ろ過へ、さらには膜ろ過、オゾン処理へと進化し、エネルギー使用量が増えました。

これによって安全な水の供給を受ける人の数が飛躍的にのび、都市の拡大につながったのです。

 

エネルギーをつかって水を生み出す時代

人口増加にともない水需要は増える一方です。

 

とりわけ食糧を生産する水が不足しています。

 

マギル大学ブレース・センターの水資源マネジメントに関する研究者たちは、2025年の世界の食料需要予測に基づき、食料生産を増やすためには、さらに2000㎦の灌漑用水が必要になると試算していて、この量は、ナイル川の平均流量の約24倍です。

また、現在の水使用パターンを前程とすると、2050年の世界の予想人口が必要とする水の量は、年間3800㎦と計算されます。これは地球上で取水可能とされている淡水の量に匹敵します。

つまり人間だけが地球の淡水を独占しないとやっていけないという予測です。

水は自然環境とあらゆる生物に必要不可欠ですから、そのほかの動植物は息絶え、自然から受けている恩恵が失われ、人間が生きていけないということでもあります。

そうしたことから現在、人類は3つ目の変革へと進んでいます。

これまでの水利用は、陸地にある淡水に限られてきたのですが、豊富な海水に目を向けました。

しかし、海水淡水化という魔法の杖を動かすには、大量のエネルギーが必要です。1tの水をつくるのに毎時4kWというエネルギーが必要で、1日に100万tの水をつくる「メガプラント」では毎日400万kW時の電気を使用します。

当然、コストがかかります。都市の基本インフラを維持するためだけでなく、生産にもその水をつかうのだからコスト高になります。経済成長が鈍ればインフラを支える費用は住民の肩に重くのしかかるでしょう。

発電には化石燃料を使用するケースも多く、その結果、気候変動も起きます。水不足を解決するための魔法の杖を動かし続けることにより、結局は、自然の水循環を狂わせることになります。

淡水資源をつかい続けたら自然を滅ぼしてしまうのですが、かといって海水淡水化にも課題が残っているのです。

 

参考資料:「いちばんわかる企業の水リスク」(橋本淳司/誠文堂新光社)

お問い合わせやご依頼は以下へお願いします。
アクアスフィア・水教育研究所