まちと水のフューチャーセッション

 アクアスフィア・水教育研究所では「まちと水」をテーマにしたフューチャーセッションを行っています。

フューチャーセッションは、対話の手法を使って、これまでにない新しいアイデアや人間関係を生み出すイノベーション手法として注目されています。

「まちと水」の望むべき未来を、市民、市役所、地元企業に勤める人が集まって考え、共有したゴールに向かってアクションを起こすサポートをしています。

水の未来と自分たちの暮らしを考える集い

ある地方都市A市(人口8万人)が「水の未来と自分たちの暮らしを考える集い」を行ったケースを紹介します。

「集い」のはじまりにはいつも、社会問題に直面している当事者の想いがあります。当事務所に声をかけてくれたのはA市の水道管理者でした。A市では、水道インフラの持続性に黄色信号が灯っています。

「水道を持続していくには、官民連携など新しい取り組みが必要だと思う」

当事者の本質的な想いを引き出すには話を深堀する必要があります。

そこで、こんなことを聞きました。

「その目的を達成して、あなたがいちばん幸せにしたいのはどんな人ですか?」
「将来世代のA市民だ」

「その課題を解決して、あなたが実現したいのはどんな社会ですか?」
「A市が地域の水環境を守りながら、自分たちの力で水道事業を続けていけるといい」

「その問題の克服のために、誰のどんな協力が必要ですか」
「自治体職員だけでは到底なし得ない。地元の水道管工事に携わっている民間企業に勤める人や、市民にも『自分ごと』として考えて欲しい」

「こうしたことが起きたらうれしいと思える、もっとも小さな成功は何ですか」
「まずは自治体職員や地元企業の人が日頃の悩みを腹を割って話せるといいね」

そこで自治体職員と地元の水道に携わる20名が集まりました。新しい仲間と、新しい関係をつくり、A市の水の未来を考えるためです。

新しいアイデアを生み出すには、組織の垣根を越えた意見交換が効果的です。

同じ分野に取り組んでいても、役割、能力、人脈などの異なる人たちが一緒に話し合います。

これまで1つの立場からしか見ていなかった社会的な課題を、さまざまな立場の人が一緒に、多面的な角度から眺めます。集いが終った時、A市の水の未来を創るための、新しい関係、新しいアイデアとアクションが生まれることがねらいです。

30年前、30年後を考える

集いはペアインタビューからはじまります。初対面の二人がぺアをつくり、お互いの話を聞きます。これはアイスブレイクの役割ももっています。初対面の人同士が出会う場面で、緊張した硬い雰囲気を解きほぐす、話し合いの準備体操です。

インタビューのお題は、「30年前は想像していなかったが、いまあなたの生活で起きていることは何ですか?」「30年後、あなたの生活で、どんな想像できないことが起きていますか?」の2つ。ただ、いきなりこんなことを聞かれても答えるのは難しいでしょう。

そこでネットにアップされている1988年の動画を見てもらいました。

この年は昭和天皇がご病気で行事やイベントなどの自粛ムードが広がりました。全日空が「スチュワーデス」を「キャビンアテンダント」に呼称変更したのもこの年です。流行語は「オバタリアン」「セクハラ」「しょうゆ顔」。ヒット曲は光GENJIの「パラダイス銀河」「ガラスの十代」、映画では「ラストエンペラー」や「危険な情事」、「ノルウェーの森」(村上春樹)がベストセラーになっています。

動画を見た反応は、参加者の年齢によってまちまちです。40代、50代の参加者からは「懐かしい」、「つい最近のことに思える」という声が上がりました。一方、30代以下の参加者は「何これ」「知らない」という反応になります。年齢によって価値観はさまざまです。この違った価値観は上手に使うことで課題解決の大きな武器になります。

次に「ドラえもん」の秘密の道具で「すでに実現されたもの」をいくつか見てもらいます。参加者は「えっ、そんなものあるの?」という反応だが実はたくさんあります。

たとえば「糸なし糸電話」。お互いにこれを持っていれば、糸でつないでなくても、話をすることができるという道具だが、これは携帯電話やスマートフォンとして実現しています。

「宇宙探検ごっこヘルメット」は、かぶると周りの景色が宇宙空間に見えるというも。人間が宇宙人に見えたり、ボールが隕石に見えたりします。これはAR(Augmented Reality/拡張現実)です。

過去の映像を見ることで30年という時間の経過を感じ、また、実現されたドラえもんの道具を知ることで、未来について自由な発想をもってよいことを意識してもらいます。

 インタビュー結果は、グループ全体で共有します。インタビューした人が相手の考えを発表し、書記役が模造紙に書き込んでいきます。
「30年前は想像していなかったけれど、いまあなたの生活で起きていることはなんですか?」については、

「デジタル時代になった」
「スマホをもっていること」
「パソコンとインターネットの普及」
「ゲーム機の進化」
「翻訳機の進歩」
「地図を使わなくなったこと」
「ペットボトル飲料で水を飲んでいる」
「自動運転の車、電気自動車が開発された」
「気温の上昇」
「豪雨災害」
「少雪」

など、暮らしがデジタル化していること、気候が変化していることが上げられました。

 「30年後、あなたの生活で、どんな想像できないことが起きていますか?」については、

「少子化、人口減少が進む」
「年金がもらえない」
「人と人のつながりが減る」
「温暖化が進み、砂漠のような暑さになる」
「今も渇水の話題があるが、もっと水不足になる」
「人間は宇宙か地下で暮らしている」
「人生150歳社会になる」
「自動化、バーチャル化、キャッシュレス化が進む」
「多国籍化が進む」
「公共交通が発展する」
「自動運転が進化し交通事故がなくなる」
「自動車が空を飛ぶ時代になる。道路が必要なくなる」

などが上がりました。

ペアインタビューの狙いは主に2つあります。

1つは自分が感じている「変化」について話すことで、問いを自分に引き寄せて考えること。もう一つはフューチャーセッションの土台となる「未来思考」を体感すること。

「未来思考」とは、現状の延長で発想するのではなく、ありたい未来がどうしたら実現するか成立条件を考える思考方法です。

私たちの住むまちは30年後、どんな豊かなまちになっているか

いよいよ本題。1つ目の問いかけは「私たちの住むA市は30年後、どんな豊かなまちになっているか」。これについてグループで話をします。

 グループで話し合い、発言を書記が模造紙に書いていきます。「生活の未来」で上がったのは、

「会社に出勤せず家で仕事。外出はレジャーのみになる」
「大きなショッピングモールができる」
「まちがコンパクトになる。個々の生活が充実し、共通の趣味を持つ人同士が集まって暮らす集合住宅ができる。空いた土地は緑地や広い道路など公共スペースとして活用される」

など。

「交通の未来」であがったのは、

「公共交通が充実している。2、3分おきにバスが来るなど都心の地下鉄並みに便利になる」
「自動運転の電動バスが専用のバスレーンを走っている」
「カーシェア社会になり、車はすべて自動運転。自分で運転しなくても行きたいところへいける」
「隣のB市から高速道路がつながる」

など。

もう1つの問いかけが「30年後のA市の水の未来はどうなっているとよいだろうか」というものです。

まず、中心になるものとして、

「おいしい水を大切にしている」
「A市の水はおいしいと水を選んで住む住民が増えている」
「安心、安全、安価な水道水を無駄なく使用している」
「災害でも断水しない「水道の管理・運営がしやすくなっている」
「気候危機によって気温上昇、豪雨は増えるが、それをコントロールする技術や多様な対処方法が開発されている」

などが上がりました。

デザイン思考と未来思考

「集い」では場のなかで生まれたアイデアを具体的な成果物にします。

大切なのは、アイデアやプロジェクトを可視化し、参加者が客観的に眺められるようにすることです。みんなで作り上げることで、自分のアイデアやプロジェクトに愛着をもてることが大切です。

「私たちの住むA市は30年後、どんな豊かなまちになっているか」「30年後のA市の水の未来はどうなっているとよいだろうか」という問いかけに対し、模造紙の上にたくさんのアイデアが並びました。

これを「未来ビジョン」と呼びます。

未来には想像したことのない世界が広がります。これからどんな世の中になっていくのかと想像力を働かせることはとても楽しいのでワクワクしてきます。「集い」の参加者は30年後の姿を明確にし、それを実現するためのシナリオを考えます。

2050年プロジェクトの立ち上げ

次に、「未来ビジョン」のうち、「もっとも興味・関心があるもの」を1人1枚取る。隣に座っている人とペアになり、「なぜその項目に興味・関心があるのか」を聞き合います。


さらに、ペアインタビューで話し合った項目について、「将来の市民に喜ばれるか」「いつ頃達成しているか」という観点で分類します。

ここで「2030年までに解決されている」にマッピングされた課題は、すでに解決イメージが描けている「現状の課題」のことが多いのです。

フューチャーセッションの「理想の未来」は2030年〜2050年にマッピングされたビジョンがふさわしい(赤いエリア)でしょう。

「未来ビジョン」をヒントにしながら、2050年に向けてやっていきたいプロジェクトを立ち上げます。有志が「未来ビジョン」を選択し、賛同者を集めたところ、5つのプロジェクトが立ち上がりました。

プロジェクトは理想の未来を共有し、バックキャスティングでシナリオを描いていきます。