<水の科学1>水分子が酸素1つと水素2つから構成されているとわかるまで

 17 世紀になると、自然現象や物質の変化を、事実の観察・実験結果に基づいて考えることが重視されるようになりました。

 18 世紀末に、ラボアジェ(1743 年‒1794 年)が水は土に変換できないことを実験で確かめて四元素説を否定しました。水をガラス容器に入れて101 日間も密閉状態で沸騰させた後に正確に重さを測る実験 (ペリカンの実験)を行ない、「水は土に変化しうる」という説は正しくないことを示しました。

 さらに、水は元素ではなく、物質の組み合わせできていることを証明し、その別の気体を、水を作り出す素であるという理屈で「hydrogène イドロジェーヌ」(「水の素」という意味)と名付けました。そして、水が水素と酸素からなる化合物で、水素の燃焼によって水ができるという物質変化の本質も明らかにしました。

 ラボアジェは根強く残っていた古代の元素観を一掃し、それによって近代化学が誕生することになりました。

 19 世紀になると、英国の科学者ドルトン(1766 年–1844年)はデモクリトスの原子の概念を復活させ、元素記号を考案しました。ドルトンは水を◎○(HO)と表現しました。分解すれば水素と酸素になり、最小の組み合わせが1対1なので◎○としたのです。

 しかし、反論もありました。◎○では「体積比で水素ガス2と酸素ガス1から水蒸気2ができることが説明できない」、「水を作る水素と酸素の重量比が2:16 であることを説明できない」というものです。

 そうしたなか、イタリアのアボガドロ(1776 年–1856 年) は、気体反応の体積変化に注目して、水分子がH2O であることを証明しました。水素ガスや酸素ガスは、単一の原子ではなく2つの原子からなる分子ではないかと考えたのです。

 分子の存在に気付いたことで矛盾が解決し、水の組成はH2O であり、水の生成反応は2H2+O2 → 2H2O であることに落ち着きました。

 アボガドロは、1mol の水、つまり18g の水の中に、6.02× 10の23乗個の水分子があると予測しましたが、H2O が実在すると証明されたのは、アボガドロの死後、ペラン(1870年‒1942 年)によって実際にアボガドロ数が測られたことによります。

「通読できてよくわかる水の科学」(橋本淳司)より