雨水活用というすごい解決法
日本は雨の多い国か
海外からの帰りの飛行機。窓に頭をつけて眼下を眺めていると、深い緑の大地が広がってきます。取材では、まばらにしか草木の生えていない地域や砂漠地帯に行くことも多いので、緑の大地を見るたび、無事日本に帰ってこられたという安堵の気持ちが広がります。
緑は雨の産物です。日本は国土の四方を海に囲まれているので、あらゆる方向から湿気含んだ風が吹き込みます。
それが列島の背骨である山々にぶつかり、慈雨をもたらします。海上も含めた日本の年間平均降水量は約1710ミリ。もし雨がその場に止まり蒸発もしなかったなら、成人男性がすっぽり浸るほどの雨が降ることになります。
ですが、降った雨がその場に止まることはありません。山岳部に降った雨は急勾配をかけぬけ海へと出て行きます。
その間、地面に浸透して地下水になったり、地表を流れる川になったりします。私たちが飲み水として利用している水も元をたどれば雨水なのです。
日本は雨の多い国かとよく聞かれるのですが、年間平均降水量を見ると、世界の年間平均降水量(約970ミリ)の2倍あるので「多い」といえるかもしれません。
ところが、日本はせまい国土に人口が多く、ひとりあたりの降水量を見ると、世界平均の4分の1程度で、けっして豊富とはいえません。さらに、雨が降る時期も、梅雨の時期と台風の時期に集中していますし、近年は、雨の降り方も変わってきています。世界的に、日照りと集中豪雨を繰り返す傾向にありますが、日本でも同じような現象が起きています。
雨水は蒸留水に近い
五木の子守唄には「水は天からもらい水」と歌われています。
富山和子さんは「水と緑と土」(中公新書)のなかで、「水は天からもらわなければならず、それも天の気ままなもので地上界の都合でもらえるものではない」と述べています。
ですが、雨を「ありがたい」と思う人は少なくなっているような気がします。雨水のことを「天水」だと考える人は少ないように思います。
むしろ近代の町づくりにおいては、雨は洪水をもたらす「やっかいもの」と考えられてきました。「下水道法」という法律では、雨水は下水という扱いになっています。降った雨は、下水道を通じてすみやかに街の外へ追い出すべきものと考えられてきました。
簡単に言えば、私たちは、水をコンクリートで制圧しようとしてきたのです。連続堤防で川をまっすぐにし、洪水をできるだけ早く海に押し出そうとしてきました。
ですが、都会に降った雨を資源と見ることはできないでしょうか。雨水はけっして汚水ではありません。
降り始めこそ、大気中の粉塵などといっしょに降下するので汚れていますが、降り出してから30分以上たった雨の水質はむしろ蒸留水に近いのです。
そもそも水には、いろいろな物質を溶かすという性質があります。
食塩水とは食塩がとけている水ですし、炭酸水とは二酸化炭素がとけた水です。コンビニやスーパーで売られているミネラルウォーターとは、マグネシウム、カルシウム、カリウムなどのミネラル分がとけこんでいる水のことです。降った雨が地下水になったり、川の水になったりと長い旅を続けるうちに、溶け込む物質の種類も量も増えていきます。その点、降ったばかりの雨は、物質を溶かす機会がないので、蒸留水に近いのです。
水質汚染の指標の1つに「電気伝導度」というものがあります。イオンや有機物といった水以外の不純物がまったく入っていない水は、電気を通しません。反対にイオンや有機物が含まれていたら電気は流れます。どの程度電気が流れたかを調べると、どれくらい水にほかの物質が含まれているかがおおまかにわかります。雨水の電気伝導度を水道水のそれと比べると、数分の一程度です。
夏休みに、子どもとこんな実験をしてはいかがでしょうか。雨水と水道水と硬度の高いミネラルウォーターを用意し、同量をコップに注ぎます。そこに、せっけん水を少量たらし撹拌します。さて、どのコップがいちばん泡立つか。
いちばん泡立ちにくいのが硬度の高いミネラルウォーターです。温泉に行って髪を洗おうとすると、なかなか泡立たないことがあるでしょう。そういうときはシャンプーを多めにつかってしまうので、すすぎにも水をたくさん使います。これと同じことが起きます。
そしていちばん泡立つのが雨水です。したがって洗濯にいちばん向いているのは雨水ということになります。少量のせっけんで泡立つということは、すすぎに使う水も少なくてすみます。
雨水は生活用水に利用できる
これまで都市の水行政は、水が足りなくなったら上流にダムをつくればいいという考えでした。
ですがダム開発は自然にダメージを与えますし、そこに暮らす人の生活を変え、文化も奪ってしまいます。さらに膨大なエネルギー、維持管理の費用がかかります。
しかし、空を見上げてください。水源は頭上にあるのです。東京都民の水道使用量は年間約20億トンですが、東京に降る雨は年間25億トンあります。現在の東京の水道の原水は、ほとんどを利根川、荒川、多摩川などの川に依存しているのですが、雨水のほうがはるかにきれいです。
実際、雨水活用先進地の東京都墨田区に行くと、個人住宅のなかに、雨水をためるタンクを見かけます。屋根や駐車場に降った雨水をといから導き、タンクにためます。市販の雨水利用タンクを備え付けている人もいれば、ホームセンターなどで売っている大きめのかめやプラスチック製のごみ容器を利用している人もいます。
たまった水は、トイレの流し水や洗濯、植物の水やりなどに利用します。
なかには自宅の駐車場の地下に、巨大な貯水槽をつくっている人もいます。一トン以上の水が貯蔵でき、生活用水のほとんどをまかなっています。
水のない国では雨水が命綱
そもそも上下水道インフラの未整備な国では、雨水は命綱です。飲料や生活用水を雨水だけに頼る国も多いのです。
たとえば、オーストラリア・クイーンズランド州では、住宅地に雨水をためる貯留タンクを設置し、ろ過したのちに飲料水として供給しています。
ハワイのワイキキ市郊外に位置するタンタラスの丘の高級住宅地域では、100軒以上の個人住宅で雨水利用が行われています。ある家には約30トンの木製タンクがあり、20年間、雨水を飲用に使用していました。
雨水活用先進国のドイツでは、雨水を集め・貯め・活用するという一連の流れが「しくみ」として構築されています。都市の再開発が行われる際には、当たり前のように雨水活用施設が導入されます。
たとえば、ビルの屋根や路面から雨水を集めて地下の貯留槽に送り、トイレで利用する。あるいは屋上に降った雨水をトイレの流し水に使い、余ったらビオトープに流す。こうしたしくみが当たり前になっています。
東京都墨田区を拠点とする「雨水市民の会」が、力を入れているのがバングラディシュに貯水タンクを設置する「スカイウオータープロジェクト」です。
バングラディシュを歩くと、いろいろとことでペンキで赤く塗られた井戸を目にします。なかには大きく「バツ印」が書かれたものもあります。これは、井戸から出る地下水がヒ素に汚染されていることを意味しています。
井戸水を飲む前、バングラディシュの人々は、川や湖沼の水を飲んでいました。しかし、この水が細菌に汚染されていたため、下痢やコレラが蔓延し、命を落とす子どもが後を絶ちませんでした。
そこで1970〜80年代にかけて、政府は国際支援団体と協力し、清潔な水を国中の村に供給するプロジェクトをスタートさせました。
このとき解決策として考えられたのが「管井戸」でした。地下の比較的浅いところにある帯水層までボーリングし、シンプルで頑丈な手押しポンプで水をくみ上げます。90年代初めまでには、バングラデシュの人口の九五%が管井戸の水を飲めるようになりました。ところが、この地下水がヒ素に汚染されていたのです。
しかし、いまでもこの井戸が使われている地域があります。子どもたちは井戸のまわりに集り、ゴクゴクと水を飲み、女性は生活用水として使っています。1億3000万人の人口のうちの3000万人以上が基準値を超える濃度のヒ素を含む井戸水を飲み続けています。
ヒ素は慢性毒です。味もにおいもなく、中毒症状が出るまでに5、6年かかります。それでも着実に人体を蝕んでいきます。
私はヒ素中毒になり全身に黒い斑点のできた何人もの人に会いました。そのなかには小さな子どももいました。ヒ素は粘膜や皮膚に影響を与え、結膜炎、ぜんそく、泌尿器などの障害を誘発します。皮膚、肝臓、泌尿器、肺などのガン原因となることもあります。そして、最悪の場合、死にいたります。
それでも彼らはヒ素に汚染された水を飲んでいます。なぜだと思いますか。現地の女性にこんな話を聞きました。
「私たちの村には、近くに水源がないのです。毎日、村の女性たちが普段の仕事のほかに三時間の時間を費やして水汲みに行きます、貧しい家庭の女性たちが水汲みに時間を費やすため、彼女たちの肉体的・精神的苦痛も大きく、経済的にも苦しくなるばかりです。その水が飲めないことは知っています。ですが、今日の水に困っているのです」
彼らは今日という日を生きるために、ヒ素の入った水を飲み、自らの大切な命を縮めていました。
そこで、雨水に活路を見出しました。
経済的に豊かでないこの国では、材料は現地で調達できるもので、しかも安くなくてはなりません。そこでバングラディシュでトイレをつくる際に使われるコンクリートリングを使用して「リングタンク」を開発しました。事業を持続可能にするために、マイクロ・クレジットのしくみも取り入れています。このしくみを支援するため、地元NGOと組んでハンディクラフト製品の制作を依頼し、それを日本で販売し、得たお金をマイクロ・クレジットの利子補給に活用しようという試みもあります。さらに近い将来には、バングラディシュに雨水利用の地域モデルとなる「雨水村」も作る予定です。
雨水活用は洪水防止につながる
日本でここ数年、雨水活用への注目度が高まってきたのは、突発的なゲリラ豪雨、それにともなう都市型洪水対策という面があります。
この十年で雨の降り方は明らかに変わりました。広島県・嚴島神社には回廊の浸水回数が記録として残っています。嚴島神社は平清盛によって建造され、西暦1555年に毛利元就によって大改修され、それ以降、同じ場所で同じ標高に建っています。神社の神官が記録する日誌には、高潮によって神社の回廊が浸水したことが記されています。2000年以前は浸水回数は年間1、2回、多くても4、5回でした。それが21世紀に入ると浸水回数は毎年2桁と異常に増加しています。
以前、「異常気象」と言われていましたが、「常態が変わった」と考えるべきなのでしょう。それには新しい対策が必要です。
屋根に降る雨水をタンクにためたり、降った雨を大地に浸透させれば洪水の防止につながります。一つの住宅やビルでためられる雨水はわずかでも、それが地域全体にひろがっていけば、大きなダムと同様の効果を発揮します。
こうすることで治水ダムや堤防に頼らない河川政策ができるようになります。
これまでの治水対策は河川区域にだけに着目して行われてきました。水をコンクリートで制圧しようとした結果、洪水流量がかえって増え、さらに大規模な治水計画を立てるという「いたちごっこ」を繰り返すはめになりました。この考え方で「より安全な暮らし」を追求しようとすると、限りなく堤防を高くし、ダムを造り、山河を破壊し続けなければなりません。
そこで河川だけではなく、流域全体に視野を広げた治水対策が必要になってきます。川を制圧しようとするのではなく、増水の原因となる雨をため置いたり、地下に浸透させます。
具体的には、流域内の施設を利用して雨水貯留施設を整備したり、個人住宅で雨水タンク、浸透マスなどを設置します。都会ではそれぞれの家がタンクに雨水をためれば、無数のミニダムを都市におくことができます。かりに東京都内のすべての一戸建て住宅が屋根に降った雨をためたとすると、1億3000万トンの水が確保でき、これは利根川水系の八木沢ダムが東京都に供給している水量を上回ります。
すでに雨水貯留槽を供えた建築物もできています。たとえば、東京スカイツリーには、2600立方メートルと日本最大級の雨水貯留槽が設置され、トイレの流し水や屋上緑化への散水に活用しています。都市型洪水の備えになると同時に、自己水源を確保できます。
雨水活用都市をつくる
こうして見ると雨水活用には大きく三つの役割があります。
第一に身近な水源。第二に都市型洪水の防止。そして第三に災害時のライフポイントです。
災害でラインが寸断されれば都市機能は完全に麻痺します。東日本大震災では寸断された水道が復旧するまでに長い時間が必要でした。そのため一点集中の大規模水源から分散した小規模水源へという発想の転換を進めるとよいでしょう。
役割を十分に果たすには、個人宅や街角での小規模貯留ではなく、公共施設の地下などに、大規模の雨水タンクを設置できれば、本格的な災害時の水源となります。
その点、雨水を資源化する雨水地下貯留タンクというものが開発されています。貯留材と呼ばれるプラスチック製の部材を上下左右に積み上げて立体をつくり、全体をシートで包みます。貯留材の組み合わせ次第で大きさは自在です。かつてはコンクリートや鉄だった素材が、プラスチックに変わったことで、ブロックのように組み合わせ可能になり、簡単に大型施設ができるようになりました。
たとえば、ショッピングセンターの駐車場スペースに500トンの雨水貯留槽が地下埋設されたケースがあります。そのほか学校や保育園等のグラウンドの下、公園の地下、ショッピングセンターの駐車場の下、マンションや一般家庭の庭・駐車場の下等に設置されています。
水不足が深刻になる海外の都市では、雨水を本格的な水資源として貯留し利用する道が模索されています。
海水淡水化や下水再生など、高コストでエネルギー使用量の多いしくみを導入するよりも、身近な水源を活用したほうが都市の持続性につながります。
年間通して降雨量の少ない地域でも雨季には一定量の雨が降るので、それを貯留し使うことはできるのです。
洪水対策はより身近な課題です。2011年のタイを中心としたインドシナの大洪水は、50年に1度の規模といわれ、日系企業の工場も甚大な被害を受けました。企業への損害保険支払い金額は9000億円(再保険分も含む)と、東日本大震災の企業向け地震保険支払額6000億円を上回っています。
ですが、甚大な被害をもたらした水害はインドシナだけではありません。米東海岸のハリケーン被害や南米ブラジルでの集中豪雨、欧州西部やアフリカ・チュニジア、オーストラリアでの降水量増大など、昨年は各地で異常気象が多発しています。非常に激しい雨が増え、農業など多方面に影響を及ぼしているのです。アマゾン川河口でも最近は雨期が早まり、雨の激しさが増しています。実際アマゾン川の水位が早く上がるようになり、畑を使える期間が短くなりました。作物が成長する十分な時間はなく、畑が水没する冬には耐水性コンテナに苗を移して水面に浮かべ育てるほどです。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、この異常気象と地球温暖化の関連性を明確にする特別報告書を発表しています。世界的に猛暑が増え、大雨も多い。温暖化は人々の日常生活や経済活動に直接影響を及ぼし始めています。50年に1度の規模の雨が頻繁に降る可能性もあるといわれています。
雨水活用は「自然の恵みを活用する」一つの方法です。産業革命以降の250年ほどで、人類は経済的繁栄を手にしました。
その一方で環境破壊が進み、化石燃料使用による地球温暖化が進み、洪水・干ばつ・海面上昇などが地球規模で起きています。近年、この悪循環を脱し、再度スムーズな自然の物質循環を取り戻そうとする取り組みが進められています。代表的なものは、太陽光・風力・地熱など自然エネルギ-活用ですが、雨水活用もその一つといえます。そして、手軽にできてお金もさほどかからないというのもうれしいところです。あなたも天水のありがたみを感じてみてはいかがですか。