<水の科学28>気候変動で私たちの暮らしはどう変わるか

気候変動のいきものへの影響

 気候変動は自然環境すべてに影響します。

 昆虫はすでに敏感に反応しています。これまで関東地方では生息していなかったチョウが2000 年代になって急に観測されるようになりました。たとえば、日本に生息さえしていなかったクロマダラソテツシジミは90 年代に沖縄で発見され、西日本を中心に生息域を拡大してきたチョウです。

 一方で、寒い地方や高山などに分布している種には絶滅が危ぶまれるものもあるなど、チョウの世界だけを見ても生態系へ与える影響は計り知れません。

 農作物や漁業は、天候に大きく影響を受けます。気候変動が進むと、食糧生産に大きな影響が出ます。

 日本では、リンゴ栽培適地が北上し、60 年後に本州の大半が不適地になる可能性のあることが、2002 年、独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構「果樹研究所」の研究でわかりました。

 リンゴ栽培の適地温度域は7 〜13℃で、現在は道北、道東および西南暖地の平野部を除く広い地域に広がっています。ですが、2060 年代に年平均気温が3℃上昇すると、リンゴ栽培適地は北上、北海道はほぼ全域が適地になる一方、関東以南はほぼ範囲外になります。すでに温暖化による着色障害が次々と報告されています。リンゴを赤くさせる成分「アントシアニン」が高温では生成されなくなることが原因です。

 一方、温州ミカンの適地温度域は15 〜18℃で、現在の栽培地は西南暖地の沿岸域ですが、年平均気温が3℃上昇すると、南東北の沿岸部まで適地になります。

 気候変動は海流と漁場にも影響します。東日本沿岸まで南下している親潮が、2070 年ごろには日本沿岸に達しなくなる可能性があることが、2004 年の気象庁気象研究所のシミュレーションで明らかになりました。親潮はベーリング海から千島列島沿いに南下する寒流「千島海流」の別名。黒潮と呼ばれる暖流「日本海流」とぶつかる三陸沖の「潮目」付近は良い漁場として知られています。

 また、北海道や東北地方の東方海上の年平均海面水温が現在より4 〜5℃上昇すると、サケやニシンが取れなくなるなど水産業にも影響を与えるとされています。

 日本で大きいとされているのが、ブナ林への影響です。日本には現在、約2 万3000km2 のブナ林があり、クマやカモシカなどの大型鳥獣をはじめ、さまざまな動物や昆虫が生息しています。また、いろいろな種類の草や樹木、キノコなどが息づいており、固有の生態系を形作っています。

 しかしながら温暖化の進行に伴ってブナ林が失われつつあり、今世紀末には1990 年に比べて最大で約7 割、対策をとった場合でも35%は減少すると予測されています。

 ブナ林が減ることで生物多様性が失われるほか、保水機能や浄水機能が落ちます。この被害コストは、今世紀末に最大で年間2300 億円を超えると試算されています。

 世界的にも、森林の消滅や生物種の絶滅などが予測されています。50 年後にはアマゾンの森林は砂漠化すると予測もあります(イギリス政府報告)

私たちの暮らしへの影響

 多くの人の仕事への影響も出てくるでしょう。

 洪水によって原材料が不足したり、工場の操業が停止することもあります。2011 年に、タイを中心としたインドシナで大洪水が起きました。

この洪水は50 年に1 度の規模といわれました。日本企業の工場も大きな被害を受けました。企業への損害保険支払い金額は9000 億円(再保 険分も含む)と、東日本大震災の企業向け地震保険支払額6000 億円を上回っています。

 原材料への影響も出るでしょう。2010 年、パキスタンを未曾有の大洪水が襲いました。7 月末、北西部で記録的な大雨が降り、インダス川に沿って、洪水が中流のパンジャブ州や下流のシンド州に広がりました。国土の5 分の1 が水につかる深刻な事態となり、死者およそ1900 人、被災者は2000 万人に達し、経済は壊滅的な打撃を受けました。

 パキスタンは世界第4 位の綿花の産地ですが、畑が水に浸かり、綿花価格は高騰し、アパレル業界に大きな影響を与えました。

 アマゾン川河口でも最近は雨期が早まり、雨の激しさが増しています。

 アマゾン川の水位が早く上がるようになり、畑を使える期間が短くなりました。作物が成長する十分な時間はなく、畑が水没する冬には耐水性コンテナに苗を移して水面に浮かべて育てるなどしています。

 干ばつの被害もあります。オーストラリアの干ばつが発生した際、オーストラリア産の小麦に大部分を依存している日本のうどん産業が大きな影響を受けました。

 世界中から原材料を調達するグローバル化が進んでいる現在、サプライチェーン全体を見れば、影響を受けない企業はないといえるでしょう。

 

 

「通読できてよくわかる水の科学」(橋本淳司/ベレ出版)より