企業の水リスク(4)新しい水のルールができると生産活動が制約される

取水についてのルール

 水不足や水汚染を防ぐために、国や自治体が、水利用や排水についてルールづくりを進めています。これは水環境を守るために必要なことです。

 ですが企業の立場から考えると「新たな規制」に見えるでしょう。

 これまで水利用や排水についてのルールがなかった国や地域に、新しいルールができる。あるいは、ゆるかったルールが厳しいものになる。そうなると企業活動には影響が出るでしょう。

 たとえば、こんなケースが考えられます。

 あなたの会社のあるA市では、それまで工場の敷地内に掘った井戸からは、自由に地下水をくみ上げてよかったとしましょう。あなたの会社も井戸水をくみ上げて、生産につかっていました。

 ところが同じA市にある別の会社の工場が、水を大量にくみ上げたために、水不足や地盤沈下が起きました。市民はA市に、企業の水利用に対して、規制するよう求めました。

 そこで水利用のルールがつくられました。A市では、企業の取水量に一定の制限をかけました。このルールができたことによって、あなたの会社は生産に必要な水が得られなくなりました。

 日本でも地下水をつかう企業が増えています。100m超の深井戸を掘り、地下水をくみ上げ、ろ過した水をつかいます。地下水を利用するとコスト削減になります。

 現在の上水道システムは、大量消費者ほど割高な料金になるしくみです。水を大量に使用する企業、ホテル、病院には、水にかかるコストを減らしたいというニーズが常にありました。かつて地下水利用は農工業用や空調利用など、飲用以外に限られていたが、ろ過膜が進歩し飲用できるようになっています。

 2011年に発生した東日本大震災後にこのビジネスが再注目されたのは、災害時に水を確保できたからでしょう。導入していた病院やホテルでは、周辺地域が断水したなか、地下水利用で平時同様に稼働しました。防災意識の高まりが地下水利用に拍車をかけました。

 地下水ビジネスが元気になる一方で、苦しくなったのが水道事業です。大量に水をつかう企業、商業施設、ホテル、病院などが水道離れを起こしているからです。水道離れが加速すると、ただでさえ経営難に陥っている水道はますます苦しくなります。それが水道料金の値上げにつながる可能性もあります。

 対策として、ルールの改正が行われる場合があります。たとえば、水道をつかっていなくても、水道施設維持のための料金を支払うなどです。

排水についてのルール

 排水についてのルールがつくられることもあります。

 B国には、工場排水や農業排水についてのルールがありませんでした。有害な物質が、自然環境にそのまま出ていきました。

 こうした国はかなりあります。ルールはあっても汚染物質や汚染度合いに対する評価基準があまかったり、罰則規定がなかったりして、実質的には機能していないところもあります。

 企業のなかには、そうした地域をねらって工場を立てることもあります。

 工場排水を一定の基準まできれいにするには、コストがかかります。ルールがなければ、排水処理にかかるコストを減らすことができます。

 B国を流れる川で水質汚染が発生しました。川に隣接する肥料工場から、汚染物質を含んだ水が流れだしたのです。このため、この川を水源とする水道がつかえなくなり、50万人の飲み水に影響を与えました。

 そのわずか数カ月後にも、製紙工場から汚染された水が流れ出し、たくさんの魚が川に浮かび、ふたたび水道が止まりました。

 じつはこれらの事故は人災でした。後から調査すると、肥料工場でも製紙工場でも、汚れた水だと知っていながら流しつづけていました。

 そこでB国では、工場排水に関する厳しいルールを定めました。違反した場合は、高額の罰金を支払うことになります。

 ルールにはさまざまなタイプがあり、たとえば、自国の企業には規制を求めない(または規制がゆるい)けれど、外国企業には厳しくするというものもあります。

国際的に注目されるウォーターフットプリント

 ウォーターフットプリントは、製品の現材料調達から生産、流通、使用、廃棄・リサイクルまでライフサイクル全体で使用する水の量を推計して表したものです。ここでいう「水」には、雨水、河川水、地下水のほか排水も含み、消費水量とともに排水を環境基準以下に希釈するために必要な水量も加算して算出します。

 国際標準化機構(ISO)は、2014年ウォーターフットプリントに関する国際規格「ISO14046」策定しました。これを導入するメリットは、

・あなたの会社の商品のライフサイクル(原材料がつくられるところから廃棄されるまで)における水利用が把握できる。

・あなたの会社の現在、将来の水リスクが把握できる。

・サプライチェーンの中で、どの部分の水利用を改善すればいいかという重点ポイントがわかる(日本企業の場合、原材料生産部分にリスクがある可能性が高い。すなわち重点ポイントは海外にある)。

・重点ポイントを改善することで持続可能な経営に近づける。

 欧州を中心に活用事例が増えつつあるウォーターフットプリントですが、日本では一部企業が活用方法の検討を進めているに止まっています。

 しかしながら欧州ではウォーターフットプリントの表示を義務づけようとする動きがあり、対応していない企業は市場を失う可能性もあるでしょう。

 水循環基本法で「水は国民共有の貴重な財産」に

 これまで日本には地下水利用を管理する法律がありませんでした。民法第207条では、土地所有権の範囲を「法令の制限内において、その上下に及ぶ」とされ、地下水を利用する権利は土地所有者にあると考えられていました。

 加えて、相次ぐ外国資本による森林買収に、多くの自治体が懸念を強めていることもあり、地下水保全のルールづくりは喫緊の課題となっていました。

 「国の対応は待てない」と、いち早く地下水の規制に踏み出した自治体もありました。

 それらが定めた条例は、以下の3パターンに区分されます。

 ①誰から誰の土地になるのかを事前に届け出る「土地取引の見える化」

 ②誰がどれだけ水をくんでいるのかを明確にする「採水の見える化」

 ③地表の水を地下に染みこませる「涵かんようの促進」

 です。

 たとえば、生活用水の8割が地下水を水源とする熊本県では、2012年に「地下水保全条例」を改正しました。これまで「私水」だった地下水を「公共水」と定め、大口事業者に許可制を導入しています。

 そうしたなか、2014年に制定された法律が「水循環基本法」です。この法律のポイントは「水は国民共有の貴重な財産」と位置づけたことでしょう。

 国がこのように定めたことは重要です。いままでは自治体が地下水を守りたくても、訴訟リスクが大きく規制がむずかしい面もありました。基本法の制定により、自治体は大口事業者の水使用に対して必要な規制をしやすくなります。

 いずれにしても、新たなルールができると、企業は対応を求められます。

 調査や設備の増強などに、お金がかかるケースも多いでしょう。

ただ、それをリスクと考えるのではなく、水を保全する企業というブランド力を高める機会と考えるべきだと思います。

参考資料:「いちばんわかる企業の水リスク」(橋本淳司/誠文堂新光社)