「水道法の一部を改正する法律案」に対する意見陳述 橋本淳司

「水道法の一部を改正する法律案」が、参議院厚生労働委員会で審議入りしました。

2018年11月29日、参考人質疑が行われ、宮城県知事の村井嘉浩氏、東洋大学経営学部教授の石井晴夫氏、全日本水道労働組合中央執行委員長の二階堂健男氏とともに当WEBサイト編集長・橋本淳司も参加しました。

冒頭、参考人は1人10分の時間が与えられ、意見を述べました。以下に橋本の意見陳述の全文を掲載します。

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私は25年間、国内外の水問題を調査してきました。世界各地には水道がないために何時間もかけて水を汲みに行き、教育を受けたり、仕事ができないまま、貧困から抜け出せない人が大勢います。水不足、水汚染、気候変動が進み、2050人には「世界人口の10人に4人が安全な水にアクセスできなくなる」という国連の報告もあります。

そうした国を見てきて感じるのは、水は人権であり、自治の基本であることということです。

1980年代後半、トルコは干ばつに苦しむアラブ諸国にパイプラインで水を提供しようとしました。打診された国々は、この危険な誘惑を安全保障の観点から断りました。シンガポールもマレーシアから水を買っていましたが、ある時マレーシアから水価格を100倍に上げるという話を受け、下水を再生するなどして水の自給率向上を図っています。

本日は、
1)「コンセッション方式」を法律から除外し「官民連携強化」に止めるべきこと

2)「自治体の水政策改革」

という2点について意見を述べさせていただきます。

世界的にはコンセッション方式はPFIを活用した民営化の一形態と考えられています。諸外国で再公営化した自治体も多くはコンセッション方式を行っていました。水道法改正にコンセッションを明記することは、経験と資金力に秀でた水メジャーを呼び込むことになります。

コンセッションと業務委託を比較すると権限と責任と金の流れが違います。(図参照)

業務委託の場合、自治体にすべての権限と責任があり、水道料金は自治体に入ります。業務のほとんどを委託しても、契約期間は単年度、業務内容は自治体が指示し、企業側の裁量は業務委託契約の範囲内に止まり、企業の収入は自治体からの委託料です。

一方、コンセッションの場合、自治体には管理監督責任が残りますが、運営権・利用権は企業に移り、水道料金は直接企業に支払われます。契約期間は15年以上の長期に渡り、業務のやり方は企業にまかされます。

海外で水道を再公営化した事例が180例ありますが、その多くは、企業の業務内容と金の流れが不明瞭になったことに起因します。

多額の役員報酬、株主配当を支払い、水道への投資を行わず、税金も支払わないというケースもありました。

「海外の再公営化した自治体は一握り。多くは民営化を継続している」という指摘がありますが、再公営化をやりたくてもできなかったり、コンセッションよりも自治体の裁量が多い「アフェルマージュ」という方式に切り替えられたり、25~30年という長期契約では変化に対応しにくいという理由で5年契約に縮められたりしているケースもあります。

もちろんこの間、自治体側も管理監督体制を強化していきました。

フランスでは1993年にサパン法(汚職の防止並びに経済生活と公的手続における透明性に関する法律)、2001年にムルセフ法(契約手続の適正化と透明性並びに一定の契約を公募し競争に付すことに関する法律)が成立しましたが、その後も再公営化の事例は増加しました。

水道を完全民営化しているイングランドには水道サービスを監視するOfwat、水質を管理するDWIという組織がありますが、それでも企業の利益至上主義を止めることはできませんでした。

保守党議員マイケルゴーブ氏は今年ユナイテッド・ユーティリティー社のCEOが年間約4億円の報酬を上げていることを示し、「水道事業会社は利益を上げているが、それらを株主配当と幹部の給与に費やし、税金を支払っていない」と批判しました。一方、労働党が掲げる「水道再公営化」の公約には国民の7割が指示を表明しました。

また、イギリスではこの10月に新規のPFIを行わないことを決めました。英国会計監査院が30年間の経験を検証したところ、PFI(コンセッション)のメリット・デメリットの
デメリットの部分が強く出たとされています。(図参照)

日本の水道法改正においても管理監督責任は自治体に残ります。しかし、職員数の減少と定期的なジョブローテーションという状況では、自治体に管理監督責任を遂行する能力は乏しく、高額な費用を支払って専門家やコンサルタントに依存するか、企業の報告を鵜呑みにするしかないでしょう。

つまり、コンセッションは管理監督が難しく、公の関与をさらに強めようとすると、コンセッションのよさとされる企業の裁量を打ち消すことになります。運営権・利用権という権利を売却している以上、その権利を侵害することはできません。二兎を追うものいっとを得ず。コンセッションのメリットと公の強いガバナンスは両立しません。

災害時の対応責任も、実務経験の乏しい職員に、責任遂行能力があるか疑問です。

コンセッションの特徴として付帯事業が挙げられ、これらも水メジャーにとっては大きな魅力になります。

一般的には水道事業に付帯事業はないと言われますが、そんなことはありません。

人口減少によってあまった水を海外に売ったり、小水力発電を行うこともできます。さらにマーケティングデータとして個人の水使用情報をIT技術を駆使して集め、新たなビジネスを生み出すことができます。本来公が管理すべき個人情報が企業によって抜き取られる可能性があります。

コンセッションを行うには自治体の規模が必要であり、本当に水道の持続に苦しむ小規模事業者の救いの手にはなりません。

そこで規模を広げるケースがあります。しかし、規模の拡大だけでなく、地理的環境などにも影響を受けるので、面積だけで判断するとスケールメリットが働かないことがあり、管理監督体制が複雑になってモニタリングコストが上昇するケースがあります。

次に、自治体の水政策改革です。民間による業務改善が声高に叫ばれますが、行政での水政策改革も同様に重要です。むしろ大きな政策転換をはかれるのは行政です。

パリ市は再公営化で有名ですが、自治体独自の業務改善も参考になります。まず「水道という仕事」を取水から蛇口まででなく、流域という単位で考えています。

流域とは山に降った雨が1つの川として収斂していく範囲です。パリでも温暖化の影響で洪水が多発しているため、この範囲での水資源管理、森林管理、持続可能な農業などを実現する施策を行っています。

デジタル化も図りコストダウンも測っています。

気候変動、デジタル化という変化が激しくなる時代だからこそ、企業にまるなげするのではなく、地域の能力を集約させた公の力が試されます。

また、現在一般的に行われている料金値上げの試算は「現状の施設(ダム、浄水場、水道管路など)を維持した場合」という仮定の元に行われています。これまでの過大な投資についての反省のないまま更新すると、さらなる過大投資を生み、水道料金は上がり続けます。

過剰設備の縮小といってもやり方は様々です。たとえば、岩手中部水道企業団は近隣の水道事業者と統合し誕生した。北上市、花巻市、紫波町などが広域統合し、2014年4月に新組織で事業を開始しました。

統合前に設備の老朽化と将来の更新費用を調査すると、料金収入は激減し、更新投資は大量に発生するとわかりました。

施設を維持したら事業費は数倍になり、料金値上げにつながる。統合から3年、34の水道施設のうち、稼働率が低い施設や、水質のよくない水源などを廃止し、21施設までに減らしました。これによって数十億円単位の将来投資が削減。統合前には半分程度だった浄水場の稼働率は7割を越え、管路や浄水施設の耐震化率も伸びています。

ここでは広域化と同時に小規模水道を残す施作を考えています。一般的には非効率とされ、基盤強化の名目で事業統合が進められています。しかし、住民との距離も近く、組織的にはコンパクトで意思決定も早くできるというメリットがあります。

また、山間部等に分散した施設の統廃合は、管路施設のコスト増大をまねくだけでなく、運用時の環境負荷やリスク分散の視点でマイナス面もある。人口減少により給水区域の再編や廃止等が予測される場合は、地域特性に応じたあらたな分散処理システムが提供されることは有効です。

水道事業の広域化で運営効率を上げていくことや、逆に、数軒しか家がないような集落では独立型の水道を考えるなど、地域に環境に合った様々な対策を講じていかなければ水道事業は継続できません。(図参照)

さらには多発する豪雨災害への対策、荒廃した森林の保全など、水道の枠を超えて総合的に水行政を担う人材も必要です。そのために必要なのは地域ごとの専門人材育成です。コンセッションで民間企業に任せきりにしたら人は育ちません。設備を削減すれば人件費はまかなえます。

そして、地域の水を地域に責任をもって届けるにはどうすればいいかのビジョンを持つべきです。

橋本淳司