「地下水法」が必要な理由

日本には地下水に関するルールがない

川の水、湖沼の水など地表水には、「河川法」に基づいて水利権が設定されている。利用するには河川管理者の許可が必要で、「公の水」とされている。

一方、地下水には、これまで明確な決まりごとがない。民法には「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ」という規定がある。つまり、土地の所有者に、その地下にある地下水の利用権があると解釈することができる。

だから、土地を所有すると、その土地の下にある地下水は自由に汲み上げることができる。地下水はこれまで「私のもの」と解釈されてきた。

明治29年の大審院の判決では、

「地下水の使用権は土地所有者に付従するものであるから、土地所有者は自由に使用しうる」

とされた。さらに昭和13年の大審院の判決でも、

「土地の所有者はその所有権の効力として、その所有地を掘削して地下水を湧出させて使用することができ、例えそのために水脈を同じくする他の土地の湧水に影響を及ぼしても、その土地の所有者は、前者の地下水の使用を妨げることはできない」

とされた。だが、当時は手掘りの井戸を使って小規模な取水しかできなかった時代。水を汲み上げる技術の発達した現代とは、状況が違う。

それに地下水は、地面の下に止まっているものではない。地下を流れる川をイメージしたほうがよい。複雑に絡み合いながら地下を流れている。だから土地所有者のものであるという考え方は、実態と違う。

しかし、戦前はこうしたことについて検討されていなかった。

地下水は公のもの? 私のもの?

戦後になると、私水論を前提としながらも、公の立場から地下水の汲み上げや汚染を制限する考え方が登場した。

昭和30年代には、地盤沈下問題を受け、「工業用水法」、「ビル用水法(建築物地下水の採取の規制に関する法律)」が、また昭和40年代には「水質汚濁防止法」が制定された。ただし、地盤沈下や水質汚染などを防止するもので、直接的に地下水を管理する法律ではない。

昭和40年代後半には「地下水法案」も公水論をベースに提案されました。

しかし、地下水を利用する企業の反対、地下水管理したい省庁間の綱引きなどがあって、成立しなかった。つまり、現在の地下水法案の作成とは、昭和40年代に先送りされた宿題に取り組んでいるようなものなのだ。

ただ、この時期に画期的な判決が下っている。

宇和島市が水道用水として大量の地下水を汲み上げたところ、近隣で営業用に利用していた地下水の量が減り、海水が混じるようになってしまい、原告は廃業に追い込まれた。昭和41年、愛媛県地裁宇和島支部の判決は次のとおりです。

「一般的に土地所有者には掘削した井戸から地下水を採取し、これを利用する権限があるが、地下水は一定の土地に固定的に専属するものではなく、地下水脈を通じて流動するものであり、その量も無限ではないから、このような特質上、水脈を同じくする地下水をそれぞれ自己の所有地より採取し利用する者は、いわばそれらの者の共同の資源たる地下水をそれぞれ独立に利用している関係といえ、したがって、土地利用者に認められる地下水利用権限も右の関係(原文まま)に由来する合理的な制約を受けるものといわねばならぬ」

ここでは地下水が「共同の資源」であり、土地所有者であっても無秩序な利用をした場合は「合理的な制約を受ける」としているのです。

 

水資源を守る条例をつくる自治体

ここ数年、各地の自治体の水資源を守る動きが活発になった。

『アジア太平洋不動産投資ガイド』に「アジア太平洋地域で不動産投資に外資規制が皆無なのは日本だけ」と紹介されるように、日本の土地は外国人であっても目的を問わず「買収」「利用」「転売」できます。

諸外国は外国人の土地所有に対し防衛策を尽くし、国益を損なう土地は売らないという視点で法律ができています。一方、日本は自由貿易、規制緩和こそすべてで、森林、水源地、農地が二束三文で売られています。

政府発表によれば、外国資本(外国法人・外国人・外資系企業)が買収した国土は、森林が累計299件、総面積5789ヘクタール(林野庁:2006〜17累計)で、この8年間で7倍。

北海道庁は独自に調査を行っているが、平成18年から29年12月現在で、34市町村で累計2495ヘクタール。

このデータから「騒ぐほどの面積ではない」とする識者が多いのですが、じつはこれは氷山の一角でなのです。

届け出(外為法、国土法、森林法等)しなかった買収、外資法人の子会社(日本法人)の買収、ペーパーカンパニーをフロント企業として本体を秘匿した買収、手付金だけ打ったリース使用の賃借契約などは数字として表れません。

土地取得の目的は居住、リゾート開発、農業などと推測され、いずれも大量の地下水利用が考えられます。

外国資本であっても国内資本であっても、国益に影響のない土地であれば売買に規制をかける必要はないでしょう。さらに土地所有者が明確で、周辺環境に影響を与えない程度に地下水を使うのであれば問題ないでしょう。

でも、そのためには一定のルール(法律や条例)が必要です。

外国資本による水源地買収が話題になりながら、国がなかなか地下水に関する法律をつくらないので、「地域の問題は地域で解決する」という気運が巻き起こったのだ。

条例は大きく3タイプに分けられる。土地取引のルール、地下水取水のルール、地下水かん養のルール。これらが単独、あるいは組み合わせてつくられている。

土地取引のルールの代表は、北海道の「水資源の保全に関する条例」だろう。

外国資本が北海道の森林取得し、水源周辺で利用目的の明らかでない大規模な土地取引もあり、多くの市町村が懸念をしていた。

そこで道は、土地取引にルールを定めることにした。その内容は、

1)水資源保全地域を指定

2)指定された区域内の土地の権利を移転する場合には、土地所有者は契約の3カ月前までに届出を行わなくてはならない

というものだ。

次に、地下水取水のルールの代表は、熊本県の「地下水保全条例」だろう。地下水を大口取水する事業者は知事の許可が必要としている。この条例は地下水を「私の水」ではなく「公共の水」であるとしていることが特徴で、地下水は水循環の一部であり、県民の生活、地域経済の共通の基盤である公共水であると明記されている。

地下水保全のルールは、それぞれの地下水流域ごとにつくられると実態に合ったものができ、利用も管理もしやすくなる。市町村単位のルールでは限界がある。地下水が、行政の境を超えて地下水が動くからだ。前述したとおり、地下水は地下に固定された水ではない。地下を流れる川と考えたほうが実態に近い。

熊本地域で水を大量につかっているのは人口の多い熊本市だ。地下水の下流域に当たる。一方、かん養(雨や地表水を地下に浸透している)のは上流域の白川中流域だ。このような場合、1つの地下水流域を共有しているという意識をもてるかどうかが、条例制定のポイントとなる。

熊本県のルールには3つめの「地下水涵養」も明記されている。

 

条例に根拠はあるのか

前述したとおり、民法によると「地下水は土地所有者のもの」であると解釈できる。これを根拠に、地下水は土地の付属物と扱われてきた。

自治体が条例でくみ上げを規制するのは、どこまで可能なのか。はっきりした線引きはない。

しかし、判例のなかには、

「地下水は一定の土地に固定的に専属するものではなく、地下水脈を通じて流動するものであり、その量も無限ではないことから、土地所有者に認められる地下水利用権限も合理的な制約を受ける」(2000年2月、名古屋高裁判決)

というものがある。簡単にいえば、「周辺に迷惑をかけるような使い方をしたらアウト」ということだろう。

条例策定のなかで懸念されるのは、「井戸設置を許可制にすることは財産権の侵害につながらないのか」ということだ。

しかし、安曇野市で地下水保全条例案を作成する委員会の委員長をつとめた藤縄克之信州大学名誉教授は、

「地下水は土地所有者の財産権に守られているというが、いままでの裁判で無視されているのは憲法の存在だ。憲法には財産権がある。自分の財産が侵されたときには、それを守る正当な理由があるとしている」

と言う。

たとえば、Aさん宅の隣に住むBさんが工場を誘致したとしよう。工場は地下水を大量につかいはじめた。地下水位は低下、Aさんの土地の地下水も少なくなった。これはAさんの財産権も侵害されたことになる。

「民法で保障しているのは、あくまでも自分の土地の下にある地下水を、他人に影響をおよばさない範囲でつかうということである」(藤縄教授)。

つまり、もしAさんが何らかの悪影響を受けた場合、裁判に訴えることができるということになる。

憲法の解釈をめぐっては、条例による財産権の制約も可能であるとする見解が多いものの、財産権に規制をかけた場合の損失補償の必要性については諸説ある。条例で規制をかけた場合、自治体は土地所有者に対し、何らかの補償を行う可能性も残っている。

これについて懸念する自治体担当者は多く、「この問題をクリアするためにも、国が法律で地下水は公水とはっきり言ってほしい」と口を揃える。

では、どのような法律がよいか。

法律には何を定めるべきか

私は、流域がキーワードではないかと考える。

陸に降った雨や雪解け水の一部は地面にしみこんで地下水となる。地表の近くの地下水はわき出して川になる。地面にしみこまなかった水も、地表を流れて川になる。川はやがて海へ出る。海へ流れでた水は、ふたたび蒸発し、再び雨となって降ってくる。

こうした水の循環は、大きなものは地球単位で行われるが、小さな単位でも同じことが行われている。水平でない土地に雨が落ちたとき、水は傾斜にそって低いほうへと流れる。流れはやがて川となり、最終的には海や内海に注ぐ。流域とは、降った雨が地表、地中を毛細血管のように絡み流れ、やがてひと筋に収斂していく単位である。

ここに流れる水は表流水と地下水があります。

地表水は河川水、湖沼水として存在し、河川水の滞留時間は数日。滞留時間が短いため、気候の影響による流量・水位の変化が大きく、小雨にともなう渇水が生じやすいが、降水量が増加すれば短い時間で回復する。

一方、地下水は土壌、地層、岩盤を流れ、滞留時間が長い場合、十数年から数百年といわれる。そのような場合、気候の影響による賦存量、水位の変化は小さいが、過剰に汲み上げたり、ひとたび汚染されたりすると回復に時間がかかる。

表流水と地表水の最大の違いは、目に見えるか、見えないか。地表水は人の目に触れるから、実態把握が用意であり、問題点や課題が人々の関心を呼びやすいのですが、地下水は実態把握がむずかしく、問題があっても人々に理解されにくい。

同じ流域に住む人は、地表水、地下水という同じ瓶の水を使い、また、ときには洪水や渇水などの影響を受ける運命共同体に属している。自然災害は市区町村単位ではなく、流域単位で発生する。

地下水は流域ごとで状況が違うので、国は大枠を法律で定め、具体的なルールは流域レベルでつくる。国が平均値的な法律をつくると平均値から外れたところは対応に苦労するし、自治体が動きにくくなる。

基本的に国法には、地下水は地域の共有財産であることを明記すべきだ。国が画一的に管理するものではなく、地域のものとして自治体と市民が協力して守る、育むというしくみがよい。

付け加えれば、大切なのは法律をつくることではない。法律ができたあと。地下水を守り汚さない活動、育みながら大切に活用する行動は、地域の一人ひとりにかかっている。