国破れて山河あり

年末から年初にかけて「国破れて山河あり 城春にして 草木深し」という漢詩について考えていました。

これは杜甫(712-770)の「春望」の冒頭で、

「戦乱によって都長安は破壊しつくされたが、大自然の山や河は依然として変わらず、町は春を迎えて、草木が生い茂っている」

という意味です。

杜甫は、安禄山の乱(757年/当時杜甫46歳)の際、長安の敵中に軟禁されており、そのとき自然の悠久さと目の前にある荒れた祖国とを比べ、自らの不遇を詠んだと言われます。

なぜ「国破れて山河あり」について考えていたかというと、日本という国が破れるときが近づいてきたと考えたからです。どのように破れるかは、いくつか考えられるでしょう。多額の借金を抱えて経済的に破れるのかもしれないし、災害によって立ち上がれないほどのダメージを受けるのかもしれないし、あるいは戦争に巻き込まれる可能性もでてきました。

僕はこれまで、そうしたリスクを回避するには、どうしたらいいのかを考え、その方法なども書籍などに書いてきました。しかし、そうした考え方は大きな流れのなかでは闇に向かって叫んだ声がすぐに消え去るようなものでした。

そこで、国が破れる状態を受け入れたらどうなるかと考えました。未来はどうなるかはわかりません。前述したような危機はいつ起きるかわかりません。起きないかもしれません。

楽観的にもならず。

悲観的にもならず。

 そのときに備えるにはどうしたらいいのか。

そんなことを考えて、やがて頭に浮かんだのが「国破れて山河あり」でした。

杜甫は「国破れて山河あり」という状況のなか、心労で髪が白くなり、結えないほど薄くなったと言っていますが、それでもしぶとく生きていきます。国家の形態は変わっていくのですが、それでもしぶとく生き抜いていきます。

それが可能だったのは、国破れても山河があったからではないでしょうか。国破れた後の生活を支え、再起を支えたものは森と土と水なのではないか、と。

そう考えると、国破れる道を選択してきた私たちの世代が、次の世代にできることは、唯一山河を残すことではないでしょうか。国破れ、山河もない状態になっては、しぶとく生き抜いていくこともできません。

そして、山河から恵みをいただくには独力ではむずかしいでしょう。リアルで身近な仲間が必要になります。

国破れたら国の信用に基づくお金は、魔法が解けて、本来の紙に戻ってしまうでしょう。そのとき私たちが生きていくには、身近な自然、リアルで身近な仲間が必要です。そんな歩みをしていこうと思います。